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この難病への挑戦!気管虚脱は治らない病気ではない!
日本でただ一つ、世界で唯一。この治療法。
気管虚脱は、肺への空気の出し入れを行う気管が途中でつぶれてしまい呼吸が出来なくなる病気です。小型犬の中高齢で発生率が高いとされますが、日本の中型犬やゴールデン・レトリーバー、ラブラドル・レトリーバーといった大型犬がこれに続き、ほぼ全犬種にみられます。
症状は、最初軽い咳から始まって、喉につっかえるような咳、もどす動作(えづく)、豚のような呼吸、ガチョウが鳴くような呼吸などと進行して行き、末期ではチアノーゼを呈して、呼吸困難になります。現在この病気は、難治性疾患として位置付けられ、積極的な治療が行われていないのが現状です。当院では、古くからこの疾患に対し積極的な外科的治療を行ってきました。特に2000年に開発した、全く新しい形状の矯正器具・Parallel Loop Line Prostheses(PLLP)を用いて、非常に優れた治療成績を収めています。気管虚脱は治らない病気とあきらめるのではなく、治せない状態になるまで静観しない、内科的な治療も含めて軽い咳をするという初期の段階から充分な注意を払いながら『正観』すべきであることを提案します。
日本でただ一つ、そして世界で唯一。
当院では、気管虚脱に対する外科的治療により、根治を目指します。
* 少し難しい表現・言葉がでてきますが、一般の方でも十分理解できるような文章で解説したいと思います。
気管虚脱とは
犬でよく見られる呼吸器系の病気で、一般的には中高齢(7~8歳)の小型犬(ポメラニアン、ヨークシャーテリア、マルチーズ、チワワ、プードル)に多いとされます。しかし意外にも、日本犬の純粋種(柴犬など)や雑種にもよくみられます。またゴールデン・レトリーバーや、ラブラドル・レトリーバーといった大型犬、ポメラニアンやヨークシャーテリアなどの小型犬では1~2歳といった若齢でも発症がみられます。
この病気は、簡単に言えば「気管がつぶれてしまう病気」に集約されます。
気管は、ノドから胸の中へ入って心臓の直上で気管支へ分岐するまでの筒状構造を呈しますが、その一部分または広い範囲でつぶれてしまう病気が気管虚脱です。犬では多くが胸へ入る手前、つまり最後頚部で起こり始め、ひどくなると、空気を吸うことも、吐くこともが出来なくなります。
発生原因は、未だ解明されていません。ある程度の誘発原因や、気管虚脱になってしまった後の、形態学的変化や気管を構成する軟骨の変化、そしてその病態については研究がなされていますが、根本となる原因はわかっていないのが現状です。また、非常に若い時期に発生する犬種では、遺伝的な素因が原因とされています。ポメラニアン、ヨークシャーテリア、ゴールデン・レトリーバー、ラブラドル・レトリーバー、ボクサーなどです。
気管内視鏡では、気管虚脱は実際にはどんな状態になっているのでしょう。気管内視鏡でみると、その状況が飲み込めるでしょう。
まず、正常気管は図1のようにきれいな円形を保っています。
そして、気管虚脱では、これがだんだんとつぶれてきます(図2~4)。
最後には、生きているのが不思議なほどにつぶれてしまいます。
そして何より、未だに確立されていないのがその治療法です。内科療法では軽度の咳ぐらいはごまかせても、根本的につぶれた気管を広げることは出来ません。専門的な知識がなくとも、薬であのつぶれた気管が広がってくるとはとても思えないでしょう? となれば、もっと単純な発想で、つぶれたのならば、外科的に広げればいいのではないか、となる訳ですが、しかし、その手段がみつからない。
どうやって広げるのか?
古くは気管を縫い縮める方法や、注射器の外套をラセン形やC型に切断し気管の外へ固定し縫合する方法(プロテーゼ法)がありました。教科書でもこのような方法が紹介されていますが、思うような成績は出ていないのが現状で、現在これで手術をする人は全くいません。
また、すべきではない。しては、いけない。
私も実際に失敗の経験があります。また、他院でこの方法で手術を受けたものの、半年後から呼吸困難が発現し、1年後には毎日が苦しさの連続で、懇願により再手術を行った経験があります。これこそ悲惨という言葉を具現化するようなもので、目を覆いたくなるような光景でした。気管周囲は拒絶反応から肉芽組織の増成が激しく、気管の中はボールペンの芯がやっと入るほどの太さとなって、そして気管の周囲に巻き付けた注射器の外套は、触っただけでボロボロにくだけてしまいます。まさに最悪の状態でした。
一方、ステント法といって、気管の内腔へ金属製の拡張器具を内視鏡やレントゲン透視下で入れる方法もあります。現在、犬用の気管内ステントがアメリカで発売されており、日本でも入手可能となっています。その手技は、非常に簡単です。麻酔下にて気管内へ縮めていたステントを押し出せば、自動的に気管内で拡張しますので、実に短時間で終わります。しかし、いくつかの問題点が指摘されています。
第一に、元々非常に敏感な気管ですから、その中に異物をいれるという点。たとえば食事の最中に、間違ってご飯粒の一つを気管の中に誤飲してしまった経験は誰でもあることと思います。その時の苦しさ、咳の状態、想像しただけで咳が出そうですね。その敏感な気管内腔へ長いステントを留置することから、咳はひどくなる可能性があります。また装着後、気管内に肉芽組織が入り込みさらに狭窄することが考えられます。
次に、金属製のステントは、首の三次元の動きによって、金属破損を起こす可能性が指摘されます。そして、入れたら最後、取り出す事は不可能です。また、ステントの形状にもよりますが、任意の場所に止めておく手段に難点があります。人医では気管・気管支軟化症いった犬の気管虚脱に類似した病気に対して、この治療法の主流はステント法です。ダイナミックステントと呼ばれるシリコン製のステントがすでにゴールドスタンダードとして定着していて、これはCTなどを用いて患者毎のサイズに作成できるため非常に理想的に見えます。
しかし、人医の現場の声を聞けば、自分は使いたくないという意見がやはり目立ちます。
永続的に維持可能な代物ではなく、痰の除去、肉芽組織増生に対する問題など、実は山積みのようです。
以上から、気管虚脱は治らないという『呪縛』に囚われることになります。
初期の症例には「内科的に治療しながら様子を見ましょう」
(薬でつぶれた気管が元に戻るのか・・・)
「痩せさせれば治るでしょう」
(でも、太っていない・・・)
これが進行して中程度では「もう少し内科的に頑張ってみましょう」
(いつまで眠れないのだろう・・・)
そして重症で「すでにお手上げです。治療法はありません」
これが現実でした。現在でも、内科的著しく反応しない、そして外科的治療成績が思わしくないという、いわば難治性の病気として代表的なものの1つとして挙げられています。
そこでもう一度、原点に戻ってみましょう。なぜ単純につぶれた気管を広げる事が出来ないのか。ステントでの中からの拡張がだめならば、外からはだめか。
ステント法がだめな理由は、ステントそのものの十分な開発がなされていないせいでした。同じようにプロテーゼ法が普及しない理由も、さまざまな条件を満たすプロテーゼ自体の開発が、やはり不十分だったのです。
繰り返しますが、犬の気管虚脱の初期病変は、極めて例外的なものを除いて最後頚部です。散歩の時にぐいぐい引っ張る中型犬をよく見かけますが、そのちょうど首輪が当たる部分です。想像にたやすいように、この部分は上下左右と飼い主を見上げたり下を向いたり、横を見たり後ろを見たり、果てはお尻を舐めたりと、自由自在、それこそ三次元に動く場所です。気管は、この動きに十分追従する柔軟な構造になっているのです。
したがって、この部分に入れるプロテーゼも当然十分な柔軟性を持っていなければなりません。しかもつぶれた気管をしっかりと広げる力を保ちながらです。それでは、堅すぎず、柔らかすぎない、入れた後の組織反応もない、そして様々な犬種に対応したサイズが選択できる、このような厳しい条件を全て満たしたプロテーゼは存在するでしょうか。
日本では、大阪で開業なされている小儀先生が1990年に発案されたFlexible Spiral Line Prostheses(FSLP)が存在します(私が命名し、小儀先生より承認済み)。私もこれを用いて20近くの症例を経験しましたが、その成績は非常に優れています。FSLPは光ファイバー用のアクリル材を用い、これをラセン形に加工したものです。
しかし、材質について医療用ではないとの異論があり、発案者はもとより他の研究者においても公的な論文は見あたらないのが現状でした。また私の経験から、手術時に時間がかかってしまうということ、状況に応じては操作の途中で少し危険な状態に成りうるという欠点がありました。
そこで私は、この同じ素材「光ファイバー用のアクリル材」を用いて、前述の条件を全て満たし、さらに操作性と安全性に優れた、極めて理想的なプロテーゼを2000年に作りました。立体的な独特のジグザク状円筒型を呈しますが、これをParallel Loop Line Prostheses(PLLP)と名付けました。
材料はFSLPと同様に医療用として開発されたものではありません。しかし実際に使用してきたFSLPやPLLPでは、長い年月での優れた経過が得られていましたので、この材質について調査を行いました。その結果 、材質はPMMAがそのほとんどを占め、表面に数ミクロンのフッ素樹脂がコーティングされているということがわかりました。PMMAは、眼内レンズ(白内障の手術時に摘出した水晶体の後に入れるレンズです)に用いる素材であり、フッ素樹脂も生体に対する低反応性が特異的で、最近では胆管カテーテルや血管用縫合糸などに用いられています。このように医療用に開発されたものではないのですが、材質は医療用として用いられているものだったことがわかったのです。実験的な埋め込み症例や実際の症例で死亡後に解剖できた症例があります。病理検査も同時に行っていますが、最長で9年という長い月日を経ても、異物反応はほとんどなく、生体内へ埋植は十分可能であると判断されました。
図5は、手術後の内視鏡写真ですが、前ページの手術前のつぶれたものと比較すると、明瞭に円筒状に矯正されているのがわかると思います。気管内腔には、牽引縫合したナイロン糸が見えています。このナイロン糸は、術後数週間で気管粘膜に被服されます。
2023年現在、PLLP開発から23年が経ちました。PLLPを用いて手術を行った症例は、1270例です。 その結果として私が得た結論は、「気管虚脱は治る」 です。治らない病気、手を出してはいけない病気ではありません。術後経過では最長で16年目に入った子がいます。術後直後は咳がでる子がおります。これは、気管周囲へプロテーゼを入れるためと、気管内へ刺入した縫合糸によるものです。しかし、80%以上は咳はほとんどしないか、出てもわずかであることが多く、薬などは一切必要なくなります。
ただし、確かに治せないこともあります。手を尽くしてもダメだった症例、すでに手を出せない症例がやはりあります。替えのない呼吸に必須の器官ですので、何らかのトラブルもゼロではありません。原因不明の突然死、気管の離開、気管支の虚脱、気管の炎症やその他呼吸器疾患の合併など、多岐にわたります。その理由が重度であれば、亡くなってしまうという危険性も十分にあります。全体の中で約95%の成功率を誇りますが、それでも数%は術後に亡くなってしまうことがあります。
そして、その理由の多くは「手遅れ」です。この病気は「潜行性かつ進行性」という性格を有します。最初は軽度の咳から始まりますが、実際には考えているより進行している場合が多いのです。咳の程度や頻度が多少増えたように感じる。しかしそれほどひどいものではなかった。ところがいよいよ目立つ咳が出初めて、病院へ行きX線を撮ってみたら気管虚脱の末期だった。そうなっては、さすがに気管だけではなく呼吸器全体におよぶ異常、また心臓、肝臓など様々な臓器に異常を伴い、手術どころではありません。
そして、この「手遅れ」の境界線は実に不確定であることも事実です。また暑さや湿度から、急速に悪化することもあります。
末期で手も付けられない状態になる前に、きちんと診断をし、その進行度を考慮しながら早めに手術をすれば、この病気は治せるのです。また、もちろん危険は伴いますが、重症であっても、年齢、経過年数、心機能を初めとした諸臓器の状態を把握した上で、十分対応可能なこともあります。その大きな基準は、つぶれかたの重症度ではない。虚脱の部位が何処なのか、という問題につきます。
虚脱が気管のみである事。気管支までに及んでいる場合には、手術は不可能になります。
もし、気管虚脱で苦しむ子がいるのであれば、どうか、もう治らないと決めつける前に、もう一度考えていただいて、また、そう診断されていなくても咳をしているような子がいれば、ただの咳と簡単に済まさずに、是非きちんと診察を受けられることを望みます。 悲観する事はありません。
気管虚脱は、治る病気です。
気管虚脱
Tracheal collapse